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「トランプ人気の深層」(池上彰 佐藤優 デーブ・スペクター 中林恵美子 前嶋和弘 高畑昭男:宝島新書 2024)

  • 執筆者の写真: 直樹 冨田
    直樹 冨田
  • 2024年10月3日
  • 読了時間: 8分

更新日:2024年10月4日

 1991~93年の2年間、米国テキサス州立大学で政治科学を勉強して30年以上が経ちます。滞在中の92年にたまたま大統領選があり、テレビや新聞などでその選挙過程を興味深く追っていました(選挙はクリントン・ゴア組が勝利)。帰国してからは少しずつ米国政治への興味・関心が薄れていきましたが、今回の大統領選でまた興味・関心が湧いてきました。トランプ前大統領がなぜこれほどまでに支持されるのか、アメリカの社会はどうなっているのか、というそれです。

 トランプ前大統領は現在4つの事件で起訴され(罪状は91件)、そのうち1件は有罪判決が出、残り3つは判決が延期されています。3件のうちの1件は2020年の大統領選でジョージア州の集計作業に介入して敗北をひっくり返そうとした事件で、トランプ氏が電話で圧力をかけた通話記録が証拠として残っています。上記4件以外でもトランプ氏にレイプされたという女性が次々に名乗り出て、昨年5月、ある女性のレイプ裁判で米連邦地裁は同氏の性的暴行を認めました(ある報道番組で、アメリカ人コメンテーターは、トランプ氏による性的暴力の録音テープが証拠として提出されたと言っていました)。一方、トランプ氏は上記4件いずれも無罪を主張し、逆に大統領選に向けた「民主党の魔女狩りだ」と批判しています。彼を支持する共和党員は彼から離れず、大統領選は民主党候補のハリス氏と接戦を演じています。2020年の大統領選で敗北を喫したトランプ氏は「選挙は盗まれた」と主張して支持者を煽り、それが連邦議会襲撃につながりました(それも起訴の1つ)。そんな候補にアメリカ国民の半分がなぜ支持しているのでしょうか? 不思議に思っているのは私だけではなく、本屋に行くと、トランプ人気の真相を探る類の本が何冊も店頭に並んでいます。そこで、私も3冊ほど本を購入して読んでみました。タイトルに掲げた本以外の2冊はノーム・チョムスキー著「壊れゆく世界の標(しるべ)」(NHK出版新書:2022年)と森本あんり著「宗教国家アメリカの不思議な論理」(NHK出版新書:2017年)です。

 宝島社の編集部が5人の米国通にインタビューした本「トランプ人気の深層」の中で、佐藤優氏はトランプ氏の性格や行動の特徴について興味深い説明をしています。かいつまんでまとめるとこんな内容です。「トランプはプレスビテリアン(長老派)、つまりカルヴァン派です。アメリカではピューリタンが普通で、救われるには清い心をもって良い生活をすることが必要だと考えますが、プレスビテリアンは違います。生まれる前から救われる人と救われない人は決まっていて、神様に特別に選ばれた人間は必ず地上で成功するという信念を持っています。教会によく通うとか通わないとかも関係ありません。私もカルヴァン派なので彼の発想はよくわかります。彼には神から選ばれたから大統領になる、もう絶対に勝つという信念があります。だから裁判なんか屁とも思っていません」「バイデンはカトリックですから、信仰と行為の人です。正しい信仰と共にそれに結び付いた行為が必要となります。自分の行為によって、成功するかしないかは変わると考えます」。池上彰さんは共和党がトランプ氏を支持する理由をこう説明します。「2016年にトランプが共和党を乗っ取りました。党内の大統領予備選で他の候補を口汚い言葉で罵倒し、今まで政治に関心のなかった高卒または高校中退の肉体労働者(白人層)から『こいつは面白い』と政治的関心を呼び覚ましたのです。これまでの共和党員はビジネスで成功したお金持ちで教養がある人が多かったのですが、ラストベルトと呼ばれている自動車産業や鉄鋼産業がすっかりさびれてしまった地域で『アメリカ・ファースト』を訴え、民主党支持だった労働組合を共和党支持に変えたのです。石炭産業に関しても『温暖化なんか嘘だ。石炭をどんどん掘ればよい。石油もどんどん使うべきだ』と主張して労働組合員の心をつかみました。こうして2016年から共和党員数が激増しました。そして2018年の中間選挙では党内からトランプ支持の候補者が出て、伝統的で穏健な現職を叩き潰したのです。

 世界的な言語学者で政治的な発言も積極的に行っているチョムスキー氏の「壊れゆく世界の標」は2022年発行ですが、2020年~21年にかけて、つまりバイデン氏が大統領になった時点でのインタビュー記事で構成されています。チョムスキー氏は政治的には最左翼で、トランプ氏と共和党に対する批判は強烈です。「共和党議員の大半が地球温暖化を否定している。同党の3分の1が『新型コロナウィルスはアメリカ人を攻撃するために中国が作り出した生物兵器化もしれない』などと言っている」。キリスト教福音派は実にアメリカ人の4人に1人に達し、大規模な組織票を持っていますが(副大統領だったペンス氏はこの組織の熱心な信徒で、彼がこの組織票をトランプ氏に結び付けたと言われています)、彼らがトランプ氏を強力に支持しています。「世論調査を信じるならば、今回(2020年)の大統領選で共和党支持者の3/4以上が選挙で不正が行われたと信じている。アフリカ系アメリカ人の投票を邪魔したのは共和党なのに、この選挙が不正だった。アメリカは自分たちから盗まれていると信じている。共和党に投票した者のほぼ半数が、民主党の小児性愛者や少数民族、キリストの教えに沿った伝統的な暮らしをぶち壊そうと企む悪人から国を救うために、神がトランプを遣わしたと本気で信じているのだよ」「こうしたメンタリティの根拠はいくつか存在する。アメリカの田舎町に行ってみるといい。家々は売りに出され、商店はつぶされて板を打ち付けられ、目抜き通りはがらんとして、銀行も閉まっている。教会はまだ残っているかもしれないが、かつての産業は廃れ、若者は町を出ていくばかり。もはや、かつての白人キリスト教信者のコミュニティ、白人以外の『立場をわきまえていた』地域社会ではなくなってしまった。こうした事実があるからこそ、彼らは選挙が盗まれたという与太話にすがっているのだ」。

 最後に森本あんり氏の「宗教国家アメリカの不思議な論理」。この本が出版された2017年、同氏は国際キリスト教大学(ICU)の副学長で、トランプ氏は現職の大統領でした(2022年、森本氏は東京女子大学の総長に就任)。この本の最初の方で、トランプ氏の生活信条について興味深いエピソードを紹介しています。1年365日働き、不動産業で成功した、勤勉な父親からビジネスを教えてもらったトランプ氏は酒やたばこをやらず、刺激物はコーヒーすら飲まず、カジノ経営で儲けることはあっても、自分自身はギャンブルに手を出さない。父の教えにもかかわらず、兄が奔放な生活の末にアルコールで身を滅ばし早世したことも彼の生活信条に影響を与えている(ようだ)ーーと。「もっともヒットラーもムッソリーニも酒とたばこに縁がなかったことを考え合わせると、このことが何かの指標になるかどうかは別問題でしょう」と付け加えることも忘れてはいません。

 さて、この本の序で著者は「アメリカを解きほぐす鍵は宗教にあり」と書いています。「キリスト教を信じるひとはほかの国にもたくさんいますが、進化論を真っ向から否定するような議論が知的な人々の口から平然と語られるのは、キリスト教多しと言えどもアメリカだけでしょう」とアメリカの知的現状を紹介し、キリスト教がアメリカという土壌でその性質を大きく変えたと言います。「もともと聖書では、神と人間の関係を『契約』の概念で理解します。カルヴァン派の契約のモチーフは『片務契約』、つまり神は人間の不服従にもかかわらず一方的に恵みを与えてくれる存在です」「ところがアメリカに土着化したキリスト教の『契約』は双務契約、すなわち神と人間がお互いに契約履行の義務を負う。ひとたび人間が義務を果たしたら、今度は神が恵みを与えるという義務を負います。そしていつしかこれが逆転して『神の祝福を受けている者は正しい』と考えるようになりました。ところで、人間は自分が果たして神の祝福を受けているかどうかをどうしても知りたい。しかし神の声を聴くことはできない。それでもし祝福を受けているなら、この世でもまっとうな人生を送っているはずだと考え、この世の富と成功=神の祝福の証とみなすようになったのです。偶然に幸福であるだけでは満足できず、その根拠や権利を欲するようになったわけです。こうしてアメリカのキリスト教は現世批判的な部分を次々にそぎ落とし、徹底的に楽観的で自己肯定的な宗教に変質してしまいました」「この論理からトランプは『成功者』と言われているから、きっと神が祝福しているに違いないと考えます。テレビ伝道の大物、ジェリー・ファルエルは、事もあろうにトランプをキング牧師やイエス・キリストにたとえて誉めそやしています」。

 先日も米大統領選に関する、上記とは別の報道番組を見ていたら、あるコメンテーターが「アメリカは今、南北戦争前夜の状態にある」と分断の深刻さに言及していました。『トランプ人気の深層』で中林美恵子氏は、とても知性の高い友人がトランプ氏を支持している例を紹介しつつ、こんなことを述べています。「もしアメリカに何らかの制度疲労あるいは時代に即した変化が必要だとするなら、相当のエネルギーと突破力で改革をせねばならないという気持ちが高じるかもしれない。それは、妥協しながら政策を作っていく良識ある穏健な政治家では無理で、アメリカを改革するクレージーな推進力を必要とする。それをトランプ氏に期待しているのではないか」。トランプ氏は分断に拍車をかける人なのか、それとも改革への突破力を持つ人なのか?米大統領選は1か月後の11月5日です。

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