おひとりさまのロールモデルとして、10人の女性猛者が上野千鶴子さんと対談します。その猛者10人とは、対談の順番に澤地久枝、橋田壽賀子、下重暁子、桐島洋子、村崎芙蓉子、若竹千佐子、稲垣えみ子、香山リカ、柴田久美子、荻原博子の諸氏です。本書の「まえがき」で、ある週刊誌で組まれた特集「妻・夫を喪った後に間違える人が続出 ひとりになったとき、人はここで失敗する」の中で「してはいけない」項目を紹介しています。
●自宅を手放す
●子どもと同居する
●投資に手を出す
●マンションに引っ越す
●息子や娘に財産を渡す
●再婚する
●老人ホームに入る
えっ、これって×なの?〇ではなかったの?と思われる人もいるでしょう。上野さんいわく「昨日の常識は今日の非常識」。時代の状況は大きく変化しているそうです。その中で、上記おひとりさまの猛者がどのように「女おひとり様道」を貫いているか。核心を突いた鋭い質問をしながら上野氏が迫っていきます。
トップバッターは結婚歴のない「真正おひとりさま」の澤地久枝さんで対談時(2021年)90歳。28歳、38歳、64歳に3回、心臓手術をしています。対談の1年前には腰椎圧迫骨折をして要介護4の寝たきり状態に。午前11時頃に電話が鳴ってベッドから出ようとしたら転んで、痛くて立ち上がることができず、午後3時に隣に住んでいる弟が来てベッドに寝かせてくれたそうです。
上野:こういう時、誰に連絡すればよいとか、考えておられませんでしたか?
澤地:そんなこと考えて暮らしていないわ。
上野:あら、そう。私はいろいろなケースをシミュレーションして考えていますよ
澤地:あなたは周到だから考えるでしょうが、私は考えないの。
上野:はぁ~(笑)。じゃあ、弟さんに病院に連れて行ってもらったのですか?
澤地:行かなかった。
上野:えぇっ!なぜですか?
澤地:90になってごらんなさい。もう死ぬのは怖くないのよ。(略)何かあったらすぐ死
ぬと思うの。
上野:私がなぜ介護研究をしているかというと、今の時代、0の1の間にグレーゾーンが
いっぱいあってなかなか死ねないからです。
澤地:あらぁ、困ったわねぇ(笑)。でも、こんなに長生きするとは思っていなかったか
ら、すでにおまけの人生です。
その後もこんなやりとりが続きます。
澤地:今はまだ文章を書いたり、次の本の準備もできます。それができなくなり、ただ息
をしているだけというのは、イヤですね。
上野:私はいろいろな高齢者とお会いして、食欲のある間は生きていく意欲があるという
ことだと感じます。何もできなくても、そうやって生きていてもいいんじゃないか
と心から思うのですが。
澤地:(略)もしこの先、私に何かが起きたら、自分の意志で食べなくなるでしょうね。
もちろん、誰にも言わずに。
上野:うわ~、潔すぎ。
澤地:延命治療も望みません。
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後日、弟さんと妹さんが介入して介護認定を受け、在宅のまま要介護4から2にまで回復しました。澤地さんは「介護制度はいい制度だ」と述べ、それを聴いて上野さんはホッ。
次の対談相手の橋田壽賀子さんも現役で仕事ができなくなったら、自分は生きる価値がないと思っているひとり。橋田さんは2016年12月号の「文藝春秋」に「私は安楽死で逝きたい」という論考を掲載して大反響を呼びました。それを受けて同誌は翌2017年、有識者60名に「日本は安楽死を認めるべきか」というアンケートをとり(上野さんも回答者の1人)、安楽死に賛成33人、尊厳死に限り賛成は20名でした。仕事の注文が来なくなったら生きている理由がないから死ぬというのであれば、世の中、死ななきゃならない人だらけ。上野さんは「たとえ仕事がなくなっても、そんなに自己否定なさらないでください」と伝えたくて対談にのぞんだようです。この対談は2019年に行われ、橋田さんは急性リンパ腫で2021年、自宅で亡くなりました。
上野:橋田さんが安楽死について考えるようになったきっかけは?
橋田:仕事が減ったから。仕事がなくなったら、生きていてもしょうがない。
上野:仕事欲も生きる欲ですよね。
橋田:ところが、その欲が減ってきた。(略)
上野:そのお歳でもうそんなにギラギラしなくて良いのでは(笑)橋田さんは戦争を経験
されて、『おしん』でも戦争について描かれている。戦争中の経験が深く影を落と
していると感じます。
橋田:戦争の時ちょうど20歳。青春なんてありませんでした。目の前で友人が機銃掃射で
死んだけど、私は死ななかったので、「もうけた命だ」という感覚がありました。
上野:命があってよかったと思われました?
橋田:そう思うのは大変でした。でも今になって「やっぱり死ぬより生きていてよかっ
た。少しは世の中のためになったかな」と。(略)
上野:だったら「仕事がなくても、たいしたことない」とはなりませんか?定年を迎えた
後にも生きている方は大勢います。皆さん、別の楽しみ方を見つけていらっしゃる
る。
橋田:確かにこの頃、テレビを見るのが楽しくなりました。以前は、テレビを見る暇もな
かったんです。
上野:それまでは生産者としてご自分が作り出してきた世界を、今は消費者として味わっ
ておられる。長生きしてよかったじゃないですか。
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次は、銀座で更年期医療を専門とする女性成人病クリニックを開いている医師の村崎芙蓉子さん。非常に重い更年期を過ごし、その後、今度はとても重い老人性うつを患ったそうですが、その経験から更年期の女性の治療に取り組み、80歳の今でも現役バリバリの医師(全国から患者が来て、引退できない)。
村崎:昔は皆さん、がんを恐れていたけれど、今は認知症の不安が強くなりました。アル ツハイマー病は女性に多発しますからね。でも、脳血管性の認知症は予防も可能で す。
上野:どうすれば?
村崎:簡単なの。ストレス少なく、適度の運動を継続し、バランスの良い食事を心がけ
る。でも、簡単なことほど継続が難しい!(中略)脳内物質のセロトニンを活性化
するには運動が一番。でもうつってその行動がとれないのです。運動嫌いの私は、
せめて歩くだけでもと、ものすごく重い体と心で第一歩を踏み出したことを覚えて
います。常に新しい刺激を与えることが脳に効果的。樋口一葉の日記に沿って歩こ
うと決めました(中略)。明治時代にスニーカーがなかったことに気づき、途中か
ら下駄で歩いたの。すると今度は下駄にも興味が湧いて、下駄の歴史を調べたり。
気が付いたら、うつも治っていました。
上野:老後の豊かな人は、好奇心が強い方が多いですね(中略)。
村崎:でも、好奇心の向かう先がリタイア後の読書だけというのは問題ね。仕事で重責を
果たされたある知人が、夫と死別した後、本ばかり読んでいたの。無駄話をする私
との電話はイヤだというし、会食もしたくないという生活が続いたかな。最近、認
知症らしいという噂を聴きました。
上野:やはり、たまに女子会をやるのが心身によいですね。
村崎:お喋りは大切ね。私は時々若い嵐ファン仲間とランチをするの。ときめきは脳にと
って最高の若返りサプリ。「ときめきは医療を超える」というのは、私の名言なん
です。
上野:お金で買えない豊かな人間関係を持っている方は、老後のクオリティが全く違っ
てくることがわかります。(中略)人間関係は老後においてお金にも勝る“資
源”です。(中略)余暇を誰と楽しむのかを調査しました。見出した結論は「ヒマ
はひとりでは潰れない」、そして「ヒマはひとりでには潰れない」ということ。
村崎:私の診察室では、更年期障害が長引いたり、家族の世話に明け暮れているうちに、
友達とのつきあい方がわからなくなっている女性もけっこう多いのよ。
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こんな調子で10名との会話が続きます。紹介したい箇所が山ほどありますが、とても紹介しきれません。紙幅が尽きてきたので、最後の章「最期まで自宅で暮らしを全うする『在宅ひとり死』徹底研究」から「う~む、なるほど!」と思ったところをピックアップします。
〇同居者のいる認知症の方より、独居のほうが、問題行動が少ないということがわかりま
した。なぜなら、問題行動というのは、ほとんどの場合は「誰か」が引き金を引いてい
るからです。特に身内は、つい高齢者を励ましたり、時には叱ったり、責めたりしがち
です。そのストレスが、問題行動を引き起こす原因となります。(中略)認知症の当事
者がおっしゃるのは、一人暮らしは「不便だけど不幸ではない」。
〇「孤独死」には定義が3つあります。1つは臨終に立会がいない。2つめに事件性がな
い。3つめに、死後一定時間以上経過してから発見される(一定時間は自治体によって
異なる)。もし72時間なら、週2回ヘルパーさんに入ってもらえば、死後発見されても
孤独死の定義には当てはまらないでしょう。それはもう孤独死と呼ぶ必要はありませ
ん。老いてある日、ひとり死した。そう考えればいいと思います。
〇ご家族など第一発見者になった方は、119番や110番に電話しないこと。119番に電話す
ると病院に搬送され、延命措置が始まります。110番に電話すれば警察が介入して「変
死」扱いになり、場合によっては解剖に回されます。そうならないために、大きな紙に
24時間対応の訪問看護ステーション、主治医、ケアマネ、訪問介護事務所などの連絡先
などを書いて、ベッドの近くの壁に貼っておくといいでしょう。第一発見者はそこに電
話すれば、どうすればいいか教えてもらえます。
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