以前に勤務していたNGOが創立20周年を迎えたとき(2008年?)、支援者向けのニュースレターでノンフィクション作家の保坂正康氏とそのNGOの理事長が対談をしました。私はその対談のシナリオを書き、3時間半の対談のテープを何十回となく聴いて2,700字ぐらいの原稿にまとめました。それだからでしょうか、保坂氏がしゃべったことをよく覚えています。昭和史を調べるのに約4,000人にインタビューして証言を集めた保坂氏は、その理由について対談の中で以下のように述べました。「62 年と 2 週間も続いた昭和という時代は、人類史が経験したことがすべて含まれていると思います。戦争、植民地支配、被占領、昭和初期の農村の貧困も昭和末期の飽食の時代もありました・・・私は、後世の人々から『なぜあんな戦争をしたのか?昭和とは何だったのか?そのとき、人々は何を考えていたのか?』と問われるときが必ず来ると思います。そのとき、生の証言が必要ではないか」。また、この対談で保坂氏は、ソ連崩壊時の資料収集における日本と米国の違いについてこう述べていました。「ソ連が崩壊してから、資料を得ようと日本の研究者がどっとモスクワに行きました。私も雑誌の連載をしていた関係で 1990 年に行きましたが、日本語のできるソ連の研究者が日本関連の資料をばら売りしていました。ばら売りされた資料を購入しているのは日本人だけです。欧米は体系的に資料を集めています。例えば、アメリカのイエール大学はソ連の第1回から 70数回のソ連共産党大会の資料のコピーを全部購入していて、2030 年に自由主義国から見た共産主義国家についての分析が出ると言われています・・・」。
前置きが長くなりましたが、著者のハリソン・E・ソールズベリー(1908-1993)はニューヨークタイムズのモスクワ特派員で、フルシチョフのスターリン批判秘密報告をスクープしたことで知られる、旧ソ連に関する世界的なジャーナリストです(人生のほぼ半分を旧ソ連で過ごしたそうです)。「黒い夜 白い雪」はロシア革命について書いた上下2冊本で本文700ページ、上下2段の体裁をとる大著です。上巻の巻末には小さい字(英語)でびっしりと参考文献が掲載されていますが、この数がすごい。ざっと数えただけですが、ロシアの刊行書籍数296、ロシア定期刊行物数110、ロシア以外の文献数188。これらは、訳者によれば、皇帝ニコライ2世の日記や書簡、ありとあらゆる宮廷人、政治家、作家、一般庶民、社会のあらゆる階層の人々の手記、回想録、レーニンやトロツキーの著作等などです。そのすべてが彼の所有ではないにしても、保坂氏が強調する、体系的な資料集めをした欧米のソ連専門家の一例を見る思いがします。
この分厚い本をごくごく限られたスペースにまとめる能力が私にはありませんが、1917年10月の革命が「矮小な敵対関係、誤算、躊躇、見当はずれ、やり損い」で満ちていて、計画的に行われたことがほとんどなかった歴史が書かれています。例えば、革命の指導者レーニンは亡命先のスイスで同じマルクス主義者と激しい理論闘争に没頭していて、ロシアで何が起こっているか、革命の直前までまったく情報がなかった・・・。いや、革命の真っただ中でも「参加者は、自分のやっていることの意味を理解しているものは極めてわずかだった。目撃者に至っては、眼前の事態の意味を理解していたものはさらに少なかった・・・」。神々は細部に宿る、と言いますが、100人近い実在の登場人物の誤算や見当はずれにみちた日常から浮かび上がってくるロシア革命という世界史を画する大パノラマ。久しぶりの長編でしたが、大ジャーナリストの文章は簡潔で構成も見事でした。
私は4年前に中東欧4か国を旅行し、ポーランドのアウシュビッツにも足を運びました。その関係で旅行前にナチスやユダヤ人の歴史に関する本を段ボール1箱ぐらい読みましたが、それ以後も東欧や旧ソ連、ユダヤ人の歴史に関する本を少しずつ読んでおり、この本も年明けから少しずつ読み始めました(現在進行中のウクライナでの戦争が動機ではありません)。今後もこのテーマに関する本を読み、その感想をブログに書くつもりです。少し硬い内容になりますが、興味のある方はお楽しみに!
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